脳梗塞で倒れた父と家族の介護日記「一般病棟(急性期)」

脳梗塞で倒れた父の介護日記「一般病棟入院中(急性期)」

急性期「一般病棟に入院してからリハビリテーション病棟に転院するまで」の日記です。

急性期の介護日記

父がめまいで倒れ救急車で搬送される

2017年07月09日

7月上旬にしては蒸し暑い夜の11時半頃、一人でパソコンをしていた父がめまいで倒れました。

父が「お母さん!お母さん!」と叫んでいたので、母が部屋にかけつけると、父は床に倒れており「めまいがして倒れた。脚に力が入らない。」と言ったそうです。

2階で寝ていた私は、「父さんがめまいで倒れた。」と母に起こされましたが、特に焦ることもなく、スマホでめまいについて調べながら、下の階の父の部屋に向かいました。

父の部屋に入ると、父は横向きになって倒れていましたが、はっきり喋れている。呂律は回っている。両手は動く。体の痺れはない。また、父は普段から何でも大袈裟に話す癖があったのと、蒸し暑い夜だったこともあり、私は軽い熱中症だろうと判断しました。脚に力が入らず立ち上がれないのは気になりましたが、扇風機をつけてしばらく様子を見ることに・・・。

5~10分程経ったでしょうか、父は「めまいは少し治まったが、脚に力が入らない。」と言います。

血圧を測ってみると、上は206でした。父は元々高血圧だったのですが、いくらなんでも高すぎる。

私が「救急外来を受診する?」と尋ねると、父は「そうする。」と答えました。

ところが、私が手を貸しても父が起き上がれません。体重80kgの父を車まで運ぶこともできません。苦戦している間に、父が「救急車を呼んでほしい。」と言ったので、母が救急車を呼びました。

私は「救急車がすぐに来るから、とりあえず玄関まで行こう。」と言って、もう一度右手を握って起こそうとしましたが、父は「だめ。脚に力が入らないから立てない。」と言って立ち上がれません。その後も、脚の異常を強く訴えますが、自分でもどちらの脚に力が入らないのか分かっておらず、座った状態を維持することもできませんでした。

そうこうしてる間に救急車が到着し、父は救急隊員3人に担架で運ばれていきます。

私はまだ熱中症だと思い込んでおり、「何かあれば連絡してほしい。」と母に伝え、救急車には母が同席し、私は治療が終わったら車で迎えに行くことになりました。

この時は、救急車を呼んだことが近所で噂になったら恥ずかしいなんて思っていたぐらいです。

結局、父は倒れてから約30分後に救急車で病院に搬送されました。

高齢者がめまいで倒れたら脳梗塞を疑え!家族はすぐに救急車を!

2017.07.21

脳梗塞(心原性脳塞栓症)と診断され入院することになる

2017年07月10日

0時過ぎ、父は「回転性めまい」「歩行不能」「発汗」の症状で病院に搬送されました。

搬送後はすぐにCT検査を受けましたが、脳出血は見つからず、MRI検査を受けることになります。ですが、MRI検査機に電源が入っていなかったため、検査までに30分以上待たされるはめに・・・。

そして、MRI検査の結果が出ると母が担当医に呼ばれ、「軽い脳梗塞です。」と告げられます。

この時点で搬送されてから2時間が経過していました。倒れてからは約2時間半が経過しています。

その後、診察室で点滴をしている父を見た母が「これは脳梗塞の薬ですか?」と尋ねると、担当医に「違います。専門医が来るのでしばらく待って下さい。」と言われます。

母はテレビで脳梗塞の治療は一刻一秒を争うこと、薬の名前(t-PA)は憶えていないが、早ければ凄く効く薬があることを知っていたため、とにかく慌てていました。

母は何度も通路を覗きに行きますが、なかなか専門医がみえません。母が「専門医はまだですか?」と尋ねると、担当医に「連絡はしてあるので待ってください。」と言われます。

だんだん父の喋り方がおかしくなり、左手にも痺れが出てきたため、慌てて母が近くの看護師に「脳梗塞の治療は一刻を争うのではないでしょうか?先生はまだでしょうか?」と尋ねると、看護師に「他にも患者はいます。順番なので待ってもらうしかありません。」と言われます。

病院に搬送されてから3時間が経過した頃、ようやく慌てた様子で専門医がみえ、父の左脚が動かないことを確認し、「おかしいな。動きませんか?」と繰り返します。 専門医が「何時に倒れましたか?」と尋ねたので、母は「11時頃?」と答えます。 母は「早く薬を処置して下さい!」と頼むと、専門医は「4時間半以内にしか使えない薬なので、ぎりぎりだから他の方法でやりましょう。」と答えます。母は「ぎりぎり間に合うのでは?」と処置を頼みますが、専門医は「出血の恐れがあるのでやめた方がいい。他にもいい方法がありますから、そちらでやりましょう。」と答えます。

結局、血栓溶解療法t-PA(アルテプラーゼ)の治療は行われず、病室に運ばれていきました。

治療が終わり、薄っすらと明るくなってきた明け方4時頃、連絡を受けた私は病院まで母を迎えに行きました。その時、電話で父が脳梗塞で入院すること、左半身が麻痺していること、呂律が回らず上手く喋れないことを告げられましたが、命に別条はないとのことだったので、私は妙に落ち着いていました。脳梗塞の知識がなく、麻痺もすぐに治るだろうと楽観視し、実感が湧かなかったからです。

そんな私とは裏腹に、帰り道の母は、ショックで口数も少なく疲れた顔をしていました。

家に帰った私と母は、少し休んでから、パジャマ、タオル、洗面用具等を用意して病院に向かいました。そして、母に案内されるまま病室に到着すると、入り口の扉は開いていました。

カーテンで仕切られている4人部屋です。父のベッドは入ってすぐ右側でした。

父はすぐに私と母が見舞いにきたことに気づきました。

この時、私は父の姿を見てなんて声をかけていいの分かりませんでした。とりあえず、「お父さん、見舞いにきたよ。大丈夫?」と声をかけると、突然「〇〇、後の事は頼むな。お母さんのことを頼むな。」と言いました。しっかり聞き取れましたが、若干呂律が回っていません。

父の表情からは完全に生気が抜けていました。

私が「死ぬわけじゃないんだから!リハビリで動く様になるから!」と励ますと、また「後の事は頼むな。」と言いました。私はこんなに弱った父を見たのは初めてだったので、正直ショックでした。

その後もどんな話をすればいいのか分からず、飼っている猫のこと、趣味の畑のこと、治ってからのこと、車を運転して買い物に行くことをずっと話していました。

右手右足は正常に動く。

口は若干呂律が回っていないが会話はできる。

左手は自分で動かせるが肩より上に上がらない。握力もない。感覚はある。

左足は完全に麻痺している。股関節より下が全く動かない。感覚はある。

これが今の父の状態です。

母も「〇〇さんの旦那さんは、話すこともできないし、車椅子で生活してるんだからね。お父さんはまだ良い方だよ。これぐらいならリハビリで絶対治るから。」とずっと励ましていました。

恐らく、何の根拠もありません。ただ元気になってほしかったんだと思います。

この日、私と母は面会時間ぎりぎりの8時まで父の病室にいました。そして、「それじゃあ帰るね。また明日の朝来るからね。」と伝えた時、父は凄く寂しそうな顔をしていました。

行きとは違って帰りの足取りは重く、急に不安が押し寄せてきました。

脳梗塞の治療は時間との勝負!早ければ治療法の選択肢も増える

2017.08.24

片足麻痺の患者の介護がいかに大変なのかを知る

2017年07月11日

入院2日目、父のリハビリが始まりました。同時に私と母の病院介護生活も始まりました。

母は朝と夕方、私は夕方お見舞いに行くことになりました。

現状、父は左手に軽度の麻痺、左脚は完全麻痺の状態です。

自分で起き上がることができません。ベッドの上にあぐらをかいて座ることもできません。体を起こす時は、ベッドの背もたれを上げて上半身を起こすしかありません。ベッド左側の手すりを右手で握って、かろうじて横向きになれる程度です。ベッドの上でさえ自由に動くことができません。

当然、自分でトイレに行くことはできません。自分で尿器に排尿することもできません。

排泄はすべてオムツです。

入院初日は、既に看護師さんがパジャマの着替えや排泄の世話をしてくれた後だったこともあり、私は脚をマッサージしてあげたり、パジャマの隙間から体を拭いてあげる程度だったので、片足麻痺の患者の介護がどれだけ大変なのかを全く理解していませんでした。

エアコンが効いている病室内でも、汗かきの父のパジャマはいつも湿っており汗臭く、オムツを変える時も尿臭く蒸れた臭いがしていました。排便はしていませんでしたが、介護経験皆無の私は、おどおどして何の役にも立ちませんでした。

そんな中、母は嫌な顔一つせず、オムツを取り換え、濡らしたタオルで陰部やお尻を拭いていました。昔ヘルパーの仕事をしていたからかもしれませんが、母の手際良さには感心しました。

とは言え、オムツ姿で母に排泄の世話をしてもらっている父の姿を見た時、私は凄いショックでした。もしかしたら、顔に出していないだけで、私以上に父は辛かったのかもしれません。

同時に、もし父の脚が治らなかったどうなるんだろう?こんな介護生活をずっと続けられるのだろうか?といった不安がどっと押し寄せてきました。

ただ幸いなことに、父は昨日より元気になっており、リハビリにも前向きで少しほっとしました。

この日も、私と母は面会時間ぎりぎりの8時まで病室にいました。そして、私たちが「それじゃあ帰るね。」と言うと、父は「明日は何時?」と母に早くきてほしそうでした。

症状の軽かった言語障害と左手麻痺が回復する

2017年07月12日

入院3日目、症状の軽かった言語障害と左手麻痺が回復してきました。

若干呂律が回っていなかった言語障害は、入院前とほとんど変わらないぐらいまで回復しました。肩より上に上がらず、力が入らなかった左手も、普通に動かせるようになりました。父もうれしかったのでしょう。私の左手を握って「力が入る!」と笑顔を見せていました。

回復には個人差があると思いますが、症状の軽い部分の回復は比較的早いのかもしれません。

ただ、完全に麻痺している左脚は全く動きません。

今の病院では、1日1時間ちょっとしかリハビリの時間がなく、父は「もっとリハビリの時間を増やしたい!」と言っていました。母も、「左脚さえ動く様になれば、今までの様に車に乗れるよ。畑にも行けるよ。」と励ましていました。父もリハビリには前向きで、やる気を出していたので安心しましたが、時々「治らなかったら家には帰れないな。」と弱音を吐くこともありました。

また、私が冗談で「このままじゃ家には帰れないからね。」と言うと、「治らなかったら首を吊るしかないな。」と冗談を言えるぐらいまでに精神面も回復していました。

そして、この頃から私のやることは大体決まっていました。

父の夕食が終わった6時頃にお見舞いに行き、1時間ぐらい左脚を中心にリハビリを手伝い、残りの時間でタオルやパジャマを交換し、最後に父の体を拭いてベッドを整えてから帰宅です。

リハビリの内容は、仰向けに寝た状態で、脚を曲げる伸ばす、脚を上げる下げる、両膝を立てて腰を浮かす練習です。もちろん、父は自分の意志で左脚を動かすことはできません。私が左脚を持って動かし、自分でも動かそうと意識してもらうだけです。この時、咳やくしゃみに連動して、左脚に力が入ることはありましたが、自分の意志で力を入れることはできませんでした。

下の世話はほぼ母がしました。

オムツの下の尿取りパッドを替え、濡れたタオルで下半身を拭いてあげていました。いくら看護師さんが世話をしてくれてるとはいえ、しっかり綺麗には拭いてくれません。オムツを開けると臭いはしますし、濡れたタオルは黄色く汚れます。放っておくことはできないのです。

この時だけは、母がいてくれて本当に良かったと思いました。

同時に、私もそのうち慣れるのだろうか?と不安を感じていました。

この日も、私達は面会時間ぎりぎりまでいました。そして、私達が「それじゃあ帰るね。」と言うと、父は相変わらず寂しそうな顔をしていました。

オムツに排便した時の世話がどれだけ大変なのかを知る

2017年07月13日

入院4日目、父は入院してから一度も排便をしていませんでした。

恐らく、入院のストレスと寝たきりで筋力が低下していることが原因だと思いますが、この日は「気持ちが悪い。」と言って、食事もほとんど手をつけませんでした。

このことを看護師に相談すると、浣腸して排便することになりました。

自分で起き上がれない。点滴をしているのでベッドから出られない。当然、排便はオムツの中です。

私と母は仕切りカーテンの外に出て、後の事は看護師2人が全てやってくれました。

この時、病室中に便の臭いが充満したのを覚えています。

そして、この臭いは看護師の世話が終わり、窓を軽く開けて10分程度は残っていたと思います。

この時も、母は自分でやろうとしていましたが、母一人では80kgある父を支えきれないこと、シーツや布団を汚したら看護師の仕事が余計に増えること、4人部屋なのでゆっくりやっていては他の患者に迷惑をかけてしまうことを理由に、入院中は看護師にお願いすることにしました。

ただ、いくら看護師が世話をしてくれると言っても、そこまで綺麗にしてくれる訳ではありません。お尻周りには少し便がついたままですし、濡れたタオルで拭けば、タオルの色が変わります。全て任せきりという訳にはいきません。どの道、陰部やお尻は拭いてあげないといけません。

以後、父が看護師に排便の世話をしてもらっている時、母はいつも下を向いて申し訳なさそうな辛い顔をしていましたが、それ以上に父は辛かったと思います。トイレにも行けず、オムツに排便して、それを他人に世話してもらわないといけないのですから。今の私なら耐えられません。

この日、オムツに排便した時の世話がどれだけ大変なのかを知りました。

もし、今の状態で父が家に帰ってきたら、私達だけで介護できるのだろうか?なんでも自分でやろうとする母は共倒れにならないだろうか?この先のことを考えると、不安が募るばかりです。

妹が東京から帰ってきてくれたので少しだけ気が楽になる

2017年07月14日~2017年07月17日

本来なら、父が倒れた時に連絡を入れるべきだったのですが、命に別条がなかったことから、母と相談して妹には連絡を入れませんでした。東京で生活している妹に迷惑をかけたくなかったからです。

とは言え、週に数回は連絡してくる妹なので、その時には父が脳梗塞で倒れたことを伝えました。

もちろん、父が脳梗塞で倒れたことを知った妹はすぐに帰ると言いましたが、急を要する訳ではないので、わざわざ仕事を休んでまで帰ってこなくていいと伝えると、たまたま週末が3連休だったこともあり、金曜の夜に仕事が終わってから新幹線で帰ってくることになりました。

そして当日、妹が駅に着いたのは夜の7時過ぎでした。

母と一緒に病院にいた私は、妹からの連絡を受け、車で駅まで迎えに行きました。そして、妹を拾って病院に戻った時には7時半を回っていたと思います。

病院の駐車場から病室に向かう時、妹は父の病室を知らないのに急ぎ足でした。

まだ実際に父の姿を見ていない妹は、心配で仕方なかったのだと思います。

病室に到着すると、妹は「お父さん、大丈夫!?」と優しく声をかけますが、父は妹にも「〇〇、後のことは頼むな。」と言っていました。入院当初に比べれば、だいぶ回復して元気になっていることを知っている私は、相変わらずなんでも大袈裟に話す父だなと、少し呆れてしまいました。

ただ、自分のためにわざわざ東京から帰ってきてくれた妹を見て、父は凄くうれしそうでした。

この日の面会時間はほとんどありませんでしたが、これから4日間妹が滞在してくれると思うと、私も少し気が楽になりました。妹がいてもやることはいつもと変わりませんが、私と母の二人だけでは、正直これからどうすればいいのか不安だったからです。

次の日、妹は汗かきの父のために、デオドラントボディペーパーや制汗デオドラントウォーターを買っていました。私よりよっぽど気が利きます。また、父が「電気シェーバーが欲しい。」と言うと、妹は「東京に帰ったら、いいのを買って送ってあげるから。」と約束していました。

妹はリハビリにも積極的で、汗で濡れたパジャマや足の裏を触っても、嫌な顔一つせず、髭まで剃ってあげていました。正直、妹の適応能力の高さには驚かされます。

とは言え、やはり下の世話になると妹も少し戸惑っていました。

介護経験がない人には、下の世話はハードルが高いのかもしれません。また、自分の親がオムツに排泄していることを受け入れるのもつらいです。かく言う私も、未だに一人で父の下の世話することはできません。母を手伝う程度です・・・。

結局、妹がいてもやることは何一つ変わず、私達は毎日病院に見舞いに行きました。

そして、妹が帰省していた4日間はあっという間に過ぎてしまいました。

妹はまた近いうちに帰ってくるからと言いましたが、私は「母と二人で大丈夫だから無理して帰ってこなくていいよ。」と伝えました。本心は帰ってきてほしいのですが無理は言えません。

この間、父の左脚が回復することはありませんでしたが、徐々に左脚を使わず動けるようになってきました。また、軽い症状だった左手は、入院前と変わらないぐらいにまで回復していました。

問題は左脚の麻痺だけです。

限度額適用認定証と介護認定申請の手続きをする

2017年07月19日

入院10日目、父の右手の点滴(血液をサラサラにする薬)がようやく外れました。

今までのリハビリは、ベッドの上で体を動かす練習か、座ったり立ち上がる練習だったのですが、この日は車椅子で病室を出て、平行棒やチルトテーブルを使った起立歩行運動の練習をしました。

検査以外で病室を出ることがなかった父は、10日ぶりに病室を出て「世界が広がった。」と喜んでいました。これでようやくお風呂にも入れてもらえるそうです。

ただ、父の左脚は一向に回復する気配がありません。

また、この日は母と一緒に市役所で限度額適用認定証と介護認定申請の手続きをしてきました。

患者の加入している保険によって、限度額適用認定証を発行してもらう方法は異なりますが、国民健康保険の場合は市役所になります。家族の方が代わりに申請することもできます。

限度額適用認定証については下記の記事にまとめておきました。退院時に窓口負担を減らしたい方は、期間中に限度額適用認定証を発行してもらうことをおすすめします。

介護認定申請も同時に手続きをしましたが、急いでやる必要はありませんでした。介護保険は入院中に使えないので、リハビリテーション病棟を退院する1ヵ月前でよかったみたいです。

父は動けないので、これからはこういった手続きは私と母でやらなければいけません。

高額医療費に悩む必要なし!?限度額適用認定証を使えば窓口負担を大幅に減らせる

2017.07.28

バランス感覚が良くなり一人であぐらをかいて座れる様になる

2017年07月20日

入院11日目、少しずつですがリハビリの効果がでてきました。

今までは、あぐらをかいて座っても、バランスが悪く、左側に倒れることが多かったのですが、今では座った状態を長時間維持できる様になりました。それだけでなく、座ったまま自分の体をタオルで拭いたり、パジャマの上は自分で着替えられるようになりました。

恐らく、左脚が麻痺している状態に体が慣れてきたのだと思います。

父も少しずつですが、自分のことを自分で出来る様になり喜んでいました。

また、今の一般病棟では、リハビリ時間が1時間程度しかないので、早くリハビリテーション病棟に転院して、もっとリハビリ時間を増やしたいと言っていました。リハビリには凄く前向きです。

そして、この日から私と一緒に立ち上がる練習も始めました。

まだ一人で立つことはできませんが、私が肩を貸して、「いちにのさん」の掛け声で少しお尻を持ち上げれば、なんとか立ち上がることができます。立ち上がった後は、麻痺している左脚に力が入らないので、膝が曲がらない様に、私の脚を父の膝にあてて、左脚を真っすぐ伸ばしていました。

慣れてくると、10秒、20秒と立っていられる様になりました。

この時から、もしかしたら歩けるようになるかも?という希望が持てるようにもなりました。

ただ、排尿と排便は相変わらずオムツです。

自分で尿器を使って排尿もしているそうなのですが、何度か失敗したらしく、看護師に一人ではやらない様に注意されたそうです。今は仕方ないかもしれませんが、排尿と排便さえ自分で出来る様になれば、母の介護も楽になるので、早く回復してくれることを願うばかりです。

リハビリテーション病棟の担当者が病室に面談にくる

2017年07月25日

入院16日目、リハビリテーション病棟の担当者が病室まで面談にきました。

右手の点滴が外れた19日、医療ソーシャルワーカーの方からリハビリテーション病棟への転院の話があり、父の症状と自宅からの距離を考慮して3つの病院ABCが候補にあがり、転院する病院が決まったら連絡してほしいと言われました。

どのリハビリテーション病棟へ転院するかは、患者(家族)が決めなければいけないのです。

元々、母の友人からA病院を勧められていたこともあり、最初からA病院にするつもりで見学にも行ったのですが、リハビリ専門医に相談してみると、「最近はBCに行かれる患者さんが多いですね。BCは甲乙つけ難いぐらいお勧めですよ。Aは・・・。昔は良かったんですけどね。」と言われました。

はっきりA病院がダメだとは言われませんでしたが、あまりお勧めできなかったのだと思います。

これを聞いて、BCどちらにするか迷ったのですが、毎日リハビリを3時間行っていること、リハビリ専門医が多いこと、個室が多かったこと、B病院は向こうから面談に来てくれること、父も直接話を聞きたかったことから、B病院に決定しました。

転院先を決める時は、個室があるのか?面談はどこでするのか?どんなリハビリが行われるのか?

分からないことはたくさんあると思いますが、病院の相談所でパンプレットが貰えますし、予約して見学することも可能です。リハビリ担当医の方に相談してみるのもお勧めです。

ちなみに、この日の面談は30分程度だったと思います。

内容は、病院の説明やこれからどういったリハビリを行っていくかの説明がほとんどで、患者を診て、受け入れ可能か否かの判断をする様なものではありませんでした。

話を聞いて父は、早くリハビリをしたい一心で、「明日にでも転院したい。」と言っていましたが、手続きの関係で転院は28日になりました。

父は少しずつバランス感覚を取り戻してはいますが、相変わらず左脚は動きません。

脳梗塞で入院したら早くリハビリテーション病棟へ転院すべき!転院が遅れると回復も遅れる

2017.08.13

介護タクシーでリハビリ病棟に転院する

2017年07月28日

入院19日目、朝9時半に一般病棟を退院して、リハビリテーション病棟に転院しました。

私は少し早く病院へ行き、一般病棟でかかった医療費を窓口で支払ったり、医療保険の申請に必要な診断書を神経内科に提出しました。ちなみに、窓口負担は限度額適用認定書を利用して111,900円でした。診断書は2週間程かかるので、後日受け取りにいかなければいけません。

支払いを済ませてから病室で待機していると、予約しておいた介護タクシーの方が病室まで車椅子を持って迎えに来てくれ、父をベッドから車椅子に移してくれました。

手慣れている方で本当に助かりました。私はほとんど見ていただけです。その後、母は父と一緒に介護タクシーで、私は荷物を持って自分の車でリハビリテーション病棟に向かいました。

ちなみに、介護タクシーにかかった料金は6,800円でした。

リハビリテーション病棟に到着すると、介護タクシーの方と病院の方が受付に案内してくれ、軽い説明と入院に必要な手続きをしてから、病室に案内されました。

父の希望もあって個室です。

1日2,700円かかりますが、医療保険で賄えること、一般病棟の時に同室の患者が煩くて父があまり眠れなかったこともあり個室にしてもらいました。私としても、父はまだオムツに排便していたため、周りにあまり迷惑をかけたくなかったので、個室にして良かったと思っています。

父もようやく静かに寝ることができるといって喜んでいました。

この日は検査だけで一日潰れてしまいましたが、明日からは本格的なリハビリが始まります。

リハビリテーション病棟に転院する際にかかる介護タクシーの料金

2017.07.29

最後に

今更ですが、もっと家族の健康に気を使っておくべきだったと後悔しています。

ただ、なってしまったものは仕方ありません。これからリハビリテーション病棟退院まで、父がリハビリに専念できる様、できる限りのサポートをしていこうと思います。

スポンサーリンク
スポンサーリンク